現在の世界のクリスチャン人口は約23億人、70億の世界人口のおよそ32%であり、イエス・キリストは世界で最も多くの人から崇められている。 聖書は、その頒布数、翻訳言語数、影響力などの点で、圧倒的な地位を持つ書籍だが、その聖書の中心テーマはイエス・キリストである。 キリスト教の特徴は、唯一絶対の神(万物の創造者=the Creator)の存在を前提とする宗教です。キリスト教社会では人間や動植物などの様々な生命体も宇宙も地球も神によって作られた(天地創造説=the Creation)とする神話によって成り立っています。 キリスト教の特徴は、唯一絶対の神(万物の創造者=the Creator)の存在を前提とする宗教です。キリスト教社会では人間や動植物などの様々な生命体も宇宙も地球も神によって作られた(天地創造説=the Creation)とする神話によって成り立っています。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は思想的には同一の神を受け入れる同根の宗教です。この意味では「エホバ」も「キリスト(イエス)」も「アラー」も同一の神であり、伝道者の立場の違いから神の名が異なっているだけだと考えられています。いずれも唯一絶対の神を前提とする宗教であり他の宗教との共存は本質的には極めて困難と考えられます。いずれも他宗教の存在を認める教義がないという独善的な共通性を持つところから、他宗教との間には常に緊張感と相克関係が存在します。特に、キリスト教徒とイスラム教徒の間では信頼関係が容易には築けないことが知られています。キリスト教のような唯一の絶対的な一神教の立場では、日本人の宗教観は理解されません。キリスト教社会では、創造主(神)と被造物(人間)との間には、造った者(神)と造られた者(人間)という厳然たる差別があります。この立場では釈迦、孔子、ソクラテスなどの偉人は実在の人であり、「土のチリから作られた被造物」にすぎない、ということになります。釈迦(仏教)をキリスト(神)と比べることは神に対する冒涜である、ということになります。戦国時代の日本で布教活動したイエズス会の宣教師たちは、「土くれ」が神や仏として尊崇されていることに強い嫌悪感を持ち、貿易の利益を提供して領主をそそのかし、神社仏閣を破壊させました。この事実は、ルイス・フロイスの「日本史」第50章豊後編に書かれていますが、「新しいキリシタンたちは熱意に燃え、さっそくにも神仏(の像)を捨て、また焼却し、その地にあったすべての偶像(仏像や神像のこと)を破壊した」として、これが正義の行いであると絶賛しています。土くれの偶像は神への冒涜であり、これを破壊したのは正義の行いである、というのです。日本は戦闘力のある武士の国であったことからキリスト教徒の植民地化は免れましたが、他の諸国では土着の宗教は徹底的に破壊され、キリスト教徒に改宗させられています。特に、南アメリカの諸国は悲惨でした。ユダヤ教は神に救われる為に律法(戒律)を重視しますが、当時では約6000もの戒律があり、病人や貧乏人など、多くの人々は到底守れない状態にありました。イエスは「山上の垂訓」といわれる説教で、「心貧しき人は幸いである。天の国はその人たちのものである。」など「八福の教え」や「神の下の平等」「隣人愛」「復讐の禁止」を語り、キリスト教の精神や教義の土台となる教えを説きました。ユダヤの人々は、神から使わされたメシアが出現してローマの圧政からユダヤの民を解放することを待ち望みましたが、イエスはユダヤ人が待ち望んだメシア(救世主)ではありませんでした。紀元30年、イエスは弟子たちとの「最後の晩餐」で自分の処刑と弟子の背信行為を予言し、ユダの裏切りによってゴルゴダの丘で十字架にかけられ磔刑に処せられました。復活したイエスは40日の間、弟子たちの前に度々現われ、処刑前に逃亡した弟子を許し、神の子として昇天した後、聖霊が弟子たちの前に降臨することを予言し、昇天10日後に聖霊が弟子たちに降臨し神の霊を授けたといいます。キリストの生涯は謎に包まれた前半生と凝縮された晩年の僅か30年余でした。イエスが弟子と伴に伝道したのは僅か2~3年のことですが、この期間にキリスト教の根本が形成されたことになります.父と子と聖霊の三位一体説は「キリスト論」として論じられ、イエスは神なのか人間なのか、という形で争われました。イエスが神であれば唯一絶対の神の外に別の神が存在することになり、唯一神の考えに矛盾が生じると考えられたのです。神学者アタナシウスが考えた結論は、神は創造主である「父」と、イエスとしてこの世に現われた「子」と、神の超然的な力や人間に語りかける言葉である「聖霊」という三つのペルソナ(位格)があるがその本質は同一である、とするものです。3~4世紀頃、これにアレキサンドリア教会の長老・アリウスが「父と子は完全に同一ではなく、子は創造主たる父なる神より劣格である」と反論しました。キリスト教を公認したローマ帝国のコンスタンティヌス帝はこのことを憂慮し、325年にアナトリアのニカイアで公会議を開催し、「ニカイア信条」を採択してアタナシウス派を正統と定め、アリウス派を異端と定めました。5世紀の半ば頃、イエスの人性を論じたコンスタンティノープル主教のネストリウスに対して、神学者エウテケスは「イエスの人性は、その受肉の後、神性に吸収された」とする「単性論」を主張しました。キリスト教の世界の信者数は21億7318万人(2006年)で世界人口の33.2%を占め、世界の1/3はキリスト教徒です。実は、キリスト教は「原罪・贖罪・愛」を特徴とする教説を説きながら、世界のいたる所に紛争の輪を広げて来た2重構造の歴史に彩られた宗教です。誰でもが世界紛争の原因を認識できる状況にあるにもかかわらず、キリスト教徒が関わる国際紛争は今日でも世界中に多発しています。キリスト教国家の中からこのような現実問題に対する批判勢力がでてこないという特徴があり、キリスト教徒と係わる紛争は解決策が無く長期化して悲惨そのものです。キリスト教を知るには「旧約聖書」と「新訳聖書」を知らなければなりません。これらの聖書は、実に二千年以上の歳月をかけて完成された壮大な物語です。『新訳聖書』はイエスの教えを記したキリスト教徒の聖典であり「THE BOOK」という唯一の書物です。イエスの生涯とその教えを記した福音書4巻、使徒言行録という歴史書1巻、パウロ等の複数書簡21巻、ヨハネの黙示録(預言書)1巻から構成され、紀元50年頃から約100年間で書かれたとされています。キリスト教には二大勢力があります。ローマ法王を中心とするカトリックの勢力とこれを批判して分裂し独立したプロテスタントの勢力です。カトリックとプロテスタントの違いを上げれば、概ね次の通りです。①名称の意味②信仰の在り方③聖職者キリスト教の歴史と伝統は、「クリスマス(降誕祭)」、「イースター(復活祭)」「ペンテコステ(聖霊降臨祭)」という三大祝日によって表されています。特に、ペンテコステはキリスト教会の成立と位置付けられている非常に重要な祝日とされています。キリスト教の最大社会はアメリカ合衆国です。歴代のアメリカ大統領が聖書に手を置いて宣言する儀式はアメリカが特殊な宗教社会であることを雄弁に語るものです。アメリカ合衆国は、その当初はヨーロッパからの移民によって建国されましたが、多様な民族、多様な文化など、様々な多様性を背景に持つ人々が共存する国家です。アメリカの礎を築いた当初の移民はイギリスからメイフラワー号で渡海してきた清教徒の集団でした。アメリカの建国には濃厚な選民意識が反映されています。神によって、新大陸アメリカ(約束の地)に導かれたと(選民思想)考え、聖書の世界が現実の世界として実現したのがアメリカの建国と捉えるのです。「アメリカ人は神に選ばれた民」という考えは、モーセがイスラエルの民を引率してエジプトを脱出し、約束の地カナンに向かった故実に擬えた思想です。アメリカ人の9割以上の人は神の存在を信じる人々です。キリスト教は多民族国家を一つにまとめる役割を果たしてきました。この人々の大半がマリアの処女懐胎を信じ、ダーウインの進化論を否定する人々ですが敬虔なキリスト教徒と考えられています。アメリカは選ばれた民によって建国された、とする精神が生き続けるためには「神徒の契約を絶対に守らなければならない」という条件が重要なポイントとなります。これを破れば、アメリカ国家は地獄に落ちると考える精神が外交や経済面に生きていると考えられています。他方では、ユダヤ教徒は長年にわたり培った高度な教育、科学、金融、商業の分野で絶大な威力を発揮し、アメリカにおいて、政治、経済、外交、科学などの基幹部分に特別な存在感を占めています。 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現在の世界のクリスチャン人口は約23億人、70億の世界人口のおよそ32%であり、イエス・キリストは世界で最も多くの人から崇められている。聖書は、その頒布数、翻訳言語数、影響力などの点で、圧倒的な地位を持つ書籍だが、その聖書の中心テーマはイエス・キリストである。今年は西暦2016年だが、これはイエスが誕生してから2016年後、という意味である。このように、少し考えただけでも、イエス・キリストが世界に与えている影響は、他のいかなる偉人とも比べものにならないことがわかる。目次本名は「イエス」、英語では「Jesus」、原語のヘブル語では「ヨシュア(エホシュア)」と呼び、「神は救い」という意味が、その名に込められている。「キリスト」とは、実は彼の名前ではなくタイトル(称号)であり、その意味は「救い主」である。世界中のどこを探しても、このようなタイトルで誰からも認知されている人物は、イエス以外には存在しない。イエスが誕生した年は、実際には紀元前4~7年頃だと言われているが、正確な年はわからない。誕生した場所は、ユダヤのベツレヘムという町であり、マリヤという女性によって、家畜の小屋で出産された。イエスはキリスト教徒だったと誤解されることが多いが、彼は生涯中、完全にユダヤ教徒として生活したユダヤ人だった。イエスはおよそ三十歳頃から、公の伝道活動を開始するが、それまでの職業は大工であった。以上が、イエスの簡単なプロフィールである。ここからいよいよ、イエスが旧約聖書で預言されていたメシアなのかを、様々な角度から検証していく。まずは、イエス自身が、どのような自己認識を持っていたのかを、聖書から確認していこう。この宣言によって、イエスは、自分が「救いのための唯一の道」であると語った。イエスは救い主としての自分の権威を、絶対化する発言をしたのである。。「わたしはある」というイエスの宣言は、ユダヤ的視点で捉えると、聖書の唯一神・ヤハウェの神名を意味する神性宣言である。ユダヤ人たちは、イエスのこの言葉を聞いた上で、彼に石を投げようとした。なぜなら、彼らがイエスの言葉を神性宣言と捉え、イエスが冒涜の罪を犯したと考えたからである。「子」という表現は、イエスが「神の子」としてのアイデンティティ(自己認識)を持っていたことを明らかにしている。加えてイエスは、全人類の裁き主である神が、その全ての裁きを、自分に委ねている、という大胆な宣言をした。これらの言葉により、イエスは、自分が神の子として、神と同等の権威を持っていると主張したのである。まとめると、イエスの自己認識とは、「唯一の道・真理・命」、「神」、「裁き主」、「神の子」、というものである。このようなイエスの自己認識から、イエスに実像について考えられる、三つの可能性がある。もし自分の周りに、このような大胆な発言を行う人間が居たら、あなたはどういう態度を取るだろうか?きっと、よほど気が狂っているか、あるいは人を騙して利用しようとする狡猾な詐欺師だと考え、警戒することだろう。イエスについて、最後に考えられる可能性は、彼の自己認識の通り、「本物の神の子」だという結論である。イエスのことを、単に偉大な宗教指導者や、道徳的に優れていた素晴らしい人物だと評価する人がいるが、イエスの大胆な自己認識の発言からは、そのような中途半端な評価を下す余地は残されていない。もし彼が本当は「神の子」でないのだとすれば、彼は人類史上最悪の気狂いか、詐欺師である。しかし、そうでないのなら、本物の神の子・救い主である。この重要な問いに対する答えを出すために、これからの一連の記事で、イエスのメシア性を「教え」「人格」「奇跡」「預言の成就」の四つ観点で、順を追って検証していく。これらの検証を経た上で、最終的に私たちは、イエスが誰なのかについて、どちらかの判断を下す必要があるだろう。イエスの教えの中でも特に有名なのが、「山上の垂訓」と呼ばれる一連のメッセージであり、その垂訓の優れた価値は、世界中で広く認められている。例えば、インド独立の父であるガンジーは、山上の垂訓の価値を、インド駐留の英国総督に、次のように語った。他にも、精神科医のジェームズ・T・フィッシャーは、現代の精神医学とイエスの教えを比較した結果、次のように語っている。山上の垂訓の優れた価値と内容の解説は、当サイトの「イエスのこの教えは、人間関係における黄金律とも言われる有名なものであり、あらゆる人間関係においえて、普遍的に適用ができる。試しに、この教えを生活のあらゆる分野で適用しようとすれば、いかに私たちが自己中心的な生き方をしているかが、よくわかるだろう。良い人間関係を保つための最も重要な原則を、イエスは簡潔に要約したのである。この教えは、復讐することを戒める教えである。暴力に対して暴力で返すことは、憎しみを増幅させる行為であり、根本的な解決策とはならない。かつてガンジーが、非暴力によってインド独立を勝ち取った背景には、この教えの影響があった。彼は、非暴力・無抵抗に関するイエスの教えを体現し、その言葉の力の真実さを証明したのである。ガンジーの非暴力運動は、イエスの教えの影響だった他にもイエスは多くの素晴らしい教えを語ったが、有名なものを幾つか抜粋して紹介する。イエスは、多くの例えや表現を用いて、神の深い愛情や憐れみを、聴衆が身近に感じることができるよう、とてもわかりやすく教えた。このような教えの内容は、当時のユダヤにおいて画期的だったばかりでなく、イエスほど、神の愛を余すところなく伝えた人間も、歴史的に存在しない。またイエスの教えは、現代の最先端の精神医学の知識にも全く劣らず、人間の心を熟知した知恵が反映されていたことが伺える。したがって、イエスはその教えにおいて、メシアとしての資格を十分に備えた人物であったことがわかる。世の中には、どんなに良い言葉を語っていても、言行不一致で人格的に問題のある人間も多い。確かに、イエスの教えは素晴らしいものだったが、彼の人格と実生活はどのようなものだったのだろうか?一般的に人間同士は、関係が近くなればなるほど、お互いの嫌な部分が見えてくるものである。イエスの弟子のリーダー格であったシモン・ペテロは、イエスと三年以上もの間、寝食を共にした。そのペテロが、イエスについて、以下のように語っていることは注目に値する。彼は三年以上もの間、ずっとイエスと一緒に行動をしていたが、彼の内に何の罪も見出すことができなかった。まさにイエスは、理想的な人格を備えた、言行一致の人間だったのである。誰でも厳しい試練に遭った時に、その内にある本当の人格を見せるものである。イエスが処刑に際して経験した苦しみは、その厳しさの点において最たるものだった。これは、イエスが十字架に架けられる際に、神への祈りで語った言葉である。自分に激しい痛みを加えている処刑人たちの罪が赦されるようにと、イエスは天の神に祈ったのである。このような慈悲深い祈りを、普通の人間ができるだろうか?イエスが十字架に架けられた時、両脇に二人の犯罪人が共に処刑にされた。片方の犯罪人は、最初はイエスを罵っていたが、十字架の苦しみに静かに耐えるイエスの姿に心を動かされ、死の間際に、イエスに対する信仰を告白した。(ルカ23:42-43)イエスは、自身の教えに見合った高潔な人格を持ち、その行動に罪が見出されることは無かった。死に至る程の厳しい試練の中でも、その柔和な態度がぶれることはなく、敵対者に対する憐れみを神に願った。イエスの人格は、メシアとしてふさわしいものだった。イエスのメシア性の検証の残る観点は、「奇跡」「預言の成就」である。これらについては、次回の記事以降、順を追って確認していく。
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